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義両親のもの片づける 大物を捨てた


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粗大ごみを捨てました。
納戸の奥深くにあった、大きい茶箱3つとオイルヒーター。
それから茶箱の中身、ゴミ袋9袋分の衣類・布類も捨てました。
あーすっきりした。

 

今回捨てた粗大ごみ

茶箱です。台車にのせています。

写真には写っていませんがあと1つあります。雨に濡れているし、ひどい状態です。

木でできた箱なんですが、ネットで見てみるともっと見た目も素敵で、いろいろなものを収納されていて、レトロで素敵なものでした。

 

オイルヒーター。使いこなせずでした。電気代は高くなるし。

 

義両親のものを捨てる葛藤

今回の粗大ごみ捨てについて、葛藤と言い訳めいたことを書きます。

 

我が家は、もともと夫のおばあちゃんが住んでいた家。

これらの粗大ごみは、おばあちゃんや、その娘である義母、また義父のものです。

おばあちゃんは他界しています。今、わたしたちは義父母とは同居していません。

つまりこの家はわたしたち家族の家です。


今回の粗大ごみと、その中身である衣類、布類について。

今、捨てなくてもいいかな? もう少し待ってみる?
とも思っていたものたちでしたが、たぶんそれは決断を先送りするだけのこと。

実際に、いつも捨てたいと思ったまま、何年もたっていました。


もともとこの茶箱と中身は、わたしが捨てるものではないのかもしれない。
でも、義父母は自分の自宅の片づけすら先延ばし。(ちょっとずつやっているとは義母談。)
いつになっても我が家に置いてあるこの物体を片づける日はこないと思われました。

 

中身が、大事な思い出のものだったりするのなら、わたしももう少し待ちました。
ですが中身は、湿気に満ちた布類で、使う日も着る日も絶対に、こないと思われたものでした。
それどころかこれを置いていることで、かび臭くなり、納戸全体が陰気な雰囲気…。
というわけですいません、捨てさせて頂きました。


一応、親戚と夫に確認はして捨てました。
義父母には数年前に一度捨てても良いか、持って帰ってもらうか確認しています。
そのときは「全部捨てていいわよ〜…、あ、これもったいないわね、やっぱり取っておいて!」
と言われ、素直にしたがっておりました。
しかし今回、もう忘れているだろうと思い、捨てました。


わたしがこの家に住んでいても、心のどこかでは、この家は人の家であり、自分の家だという感覚がありませんでした。
人のものに支配されている気分がいつまでも消えません。
今回捨てたごみはほんの一部で、まだあります。古いオルガン、思い出のアルバムや写真、なんか大きい機械。


お義父さんお義母さんと同居される方たちはこういうジレンマも抱えて暮らしていらっしゃるのでしょうね。
ある程度捨てられるうちはまだいいのかもしれない…。
様子を見ながら、もう義父母が忘れていそうなものは減らして行こうと思います。


義父母は優しい人たちなので、もののことで喧嘩をする気持ちはありません。
捨てるのが難しい世代だというのもわかっています。
夫とは多少衝突しました。
いざ捨て作業をする段階で、なぜそれを捨てることにこだわるの?と言われ。
うーん、では、持っておく理由あるんですか?
30分片づけで納戸の片づけをしていて、これいらないな、抜きだな。と思ったから捨てることにしただけ。
わたし自身いい人でいすぎるのも良くないな。これからは少しはバッサリ行こう。


納戸はすっきり、ガランとしました。
本当に、捨てて良かったな。
普段見てみぬふりをして過ごそうと思えば過ごせる場所ですが、心のどこかにモヤモヤはありました。モヤモヤも捨て去った気分。
これだけのことでも身軽になった気分です。

 

この本、読んでみたいです。

少しKindleでサンプルを見たんですが、「親のものは親に見せずに捨てる」的なことが書いてあり、そうだよね〜、と共感しました。

 

 


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